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zoom RSS 空飛ぶ円盤の写真

<<   作成日時 : 2006/07/24 15:11   >>

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                 雪のハヨピラ上空に姿を現した母船

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 1965年3月14日、午後5時10分〜15分 方向東南 撮影:古河篤氏
第3次オキクルミ・プラン工事敢行中、この工事を見守り、隊員達の労苦を慰められるかの如く、白色よりピンク色に変化し、また白色に戻り、じっととたたずまっていた。全隊員の振り仰ぐ中に・・・




                  見よ・・・戦乱のベトナム上空に円盤!!

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 ベトナム戦線上空を飛ぶ米空軍B57キャンベラ爆撃機に肉迫する白銀に輝く小球体たる小型記録用円盤の一つ。

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 波状猛爆する米軍機を横切る小型円盤の雄姿。18度線の北、ビン地区で北ベトナム側によってキャッチされたドキュメンタリー・シーン。





                   古代イタリアに輝く円盤

                       国家と軍隊を放棄し宇宙を仰いだキング

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 8世紀、ラチス王が”輝く雲”を仰ぎ見て膝を屈し、両手をひろげて崇拝と歓迎と誠意を円盤に向かって披瀝している図。
 西暦742年(わが国では聖武天皇天平14年、仏教国家出現の折)リウトプランド王トアストレオ王の間、同地方を統治していたラチス王が宿敵ポープ・ザチアリアスを撃破せんとしてローマへ向けて進軍の途中、戦闘部隊の先鋒がエトルリヤ地方のチニア火山に到達した時、何と上空に輝く”光る雲”の出現に遭遇し、しかもその”光る雲”からは三個の発光体が放射されているのを目撃したのだった。
 この”聖なる光”を見た兵士及びラチス王の驚きようはなかった。彼はただちに部下に命じて、その”火”の見えた場所に立派な寺院を建立した。そして、その場で自分の王国を放棄するや、モンテ・カシノ僧院の修行僧となったのである。残念なことに遺蹟は第2次大戦で破壊されてしまった。
 この歴史的由来を見るにつけても、現代の各国の為政者と、古代のキングの円盤(すなわち聖なる宇宙の光)に対する態度がこんなにもちがうものかと驚嘆せざるを得ない。
 また、古代においても、不知火を見て、「あれは何の火か?」とたずねながら、原住民を抹殺して行ったどこかのキングとは、まさに雲泥の差を感じさせるものだ。

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ローマのエトルリヤ博物館には古代の水がめが保存され、しばしばこの11個の星をもつ太陽マークがしるされている。




                  相模野のストーンサークルを調査
                   その帰途出現せる円盤!


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 1965年2月7日午後5時頃、神奈川県足柄郡大井町より日没直後の西の空を眺める。この時突然金色に輝くUFO1機出現。3秒〜5秒で黒色に変化して消え去った。その最後の瞬間をキャッチしたもの。右下の山は箱根駒ヶ岳(1439m)。




                  イタリアのトリノ上空の円盤


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 1962年8月29日、イタリアのトリノのピアノ・オーディでイタリアの円盤研究団体CSCの会長ギアンニ・V・セッチモ氏が連続撮影した中の一枚。




                      北海道樽前山上空に大母船群出現!!

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 1965年3月14日4時17分過ぎ、バスの車窓より撮影した宇宙母船の勇姿。この後、大編隊出現となったが、残念にもフィルムがなくなっていた。平取より苫小牧へ途中、荷采適付近走行中。 撮影:藤波松夫氏。 次の絵の@にあたる。

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目撃者:札幌支部宮島邦彦氏、東京支部藤波松夫氏










 以上は  宇宙友好協会  空飛ぶ円盤ニュース  1965年6月号 より

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